gizumo2016の日記

日々の生活を書いています。彼と2人暮らし。

これまでについて〜上京編〜

 こんにちは!ギズモです。

結局卵かけご飯を食べてしまいました。夜のカレーはルーのみにします!

 

 今日はこれまでのことについて書いていこうと思います。

大学を卒業してから3年で本当にいろんなことがあったので・・・

 

 私は地方の田舎で生まれ、大学まで過ごし、卒業と同時に上京しました。

学生時代に広告業界に興味を持ち、広告代理店で働きたいと思い、就活は東京でしていました。東京の大学に通う友の家に滞在し、ひたすら面接を受ける日々。

やっと受かったのは4年生の夏休みでした。

 

 初めての一人暮らし、近くに友達も住んでいないし何もかもが初めてだらけ。

チャットモンチーの東京ハチミツオーケストラや、バンプバイバイサンキューやくるりの東京なんかを聴いて、ワクワクと不安な気持ちでいっぱいでした。

それでもなんとか部屋を整え、同期や会社の人とも打ち解け、営業の仕事に打ち込んでいました。

 

 会社から徒歩3分のアパートに住んでいたので、毎日帰るのは24時頃。

定時は18時だけど、自分の効率の悪さやマメさが災いして、毎日残業してました。

飲み会も毎週のようにあって、身体にはどんどん疲れが溜まっていきました。

 

 最初の頃は同期の中でも成績優秀、みんなに期待されていたことを自分でも気づいていました。学生の頃も成績が良くて、上から2番目の成績で卒業したこともあり、地元の友達や教授にいい顔したかったので、他の同期より頑張る!って勝手にプレッシャーかけていました。

 

 ですがだんだん売り上げ成績は伸び悩んで、目標達成もできなくなって、上司に怒鳴られることも多くなりました。わからないことはわからないとはっきり言う性格も災いしたのでしょう。うまく立ち回れない自分がいました。

 

 「朝うまく起き上がれない、食欲がない」ことに気づいて、外回り中に心療内科に行くと、「うつ病です」と言われました。

まさか自分が、という感じでなかなか受け入れられなかったのを覚えています。

会社に戻って、すぐに上司に相談したところ「休職か退職か選べ」と言われました。

私は「どちらも選べません」と言いました。

 

 しばらくしてもっと上の上司、部長とお話したところ制作部に異動しないかと持ちかけられました。私は制作部への異動を受け入れました。

入社して6か月が過ぎていたので、有給を使って休むことも許されました。

1か月は制作部で働くことができましたが、それもそのうち体調が悪くなり起き上がれない、食事が取れない、という症状が出てきて続けられなくなりました。

 

 そして休職しました。叔母に上京してもらって同居生活も始まりました。

毎日ネットでドラマを観る日々。それ以外は寝ていて外出もしない。

死んだように生きていました。

それでも、会社に戻りたい気持ちは強く持ち続けていました。

ですが、会社がそれを認めてくれませんでした。

休職中に何度も部長と話し合いましたが、「まだ早い」の一点張り。

気づけば毎日死にたいと考えていました。

包丁を握ることもありました。

ついには自殺願望が強い私を見かねた母(心配して上京してきた)と叔母が、私を精神病院に入院させました。

 

 両手両足を拘束され、狭い個室に入れられ、ご飯もトイレも自分でさせてもらえない、地獄のような日々でした。

さすがにキツすぎて、母の要望で1週間程で退院することができたのですが・・・

 

 

もう限界でした。

12月の末に、地元に帰ることにしました。

部屋を引き払ったり退職手続きは母にお願いし、私は即地元に送られました。

そのあとしばらくのことはあまり覚えていません。

お正月はどうしたのかとか、家でどう過ごしていたのかとか。

 

本当にぼんやりとしか。

 

ただ、死にたいって思っていました。

 

私の夢の上京ライフは終わりました。

 

大森靖子&THEピンクトカレフのhayatochiriがずっと頭の中で流れていました。

 

「あと一手で詰んでる終盤戦 一歩が飛びこめない中央線」